| 1940年(S15) |
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日本陸軍が山田弾薬庫建設に着手 |
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小熊野・12 西蒲生、山田26世帯移転 |
| 1941年(S16) |
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弾薬庫として使用開始 |
| 1945年(S20) |
10月 |
米軍弾薬庫接収 |
| 1957年(S32) |
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山田周辺の白亜紀地層(1億2千万年前)より魚類化石発見 |
| 1970年(S45) |
5月 |
弾薬搬出(横田、三沢、沖縄へ移送) |
| 10月 |
弾薬庫としての機能停止 |
| 12月 |
弾薬庫警備、米軍より陸上自衛隊へ |
| 1972年(S47) |
2月 |
米軍より全面返還、大蔵省所管、普通財産となる |
| 1976年(S51) |
4月 |
ディプロミスタス等魚類化石発見 |
| 1979年(S54) |
6月 |
山田弾薬庫跡地の早期利用促進に関する決議可決、345ha(甲子園球場の87倍) |
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大蔵省、自衛隊、北九州市(140ha)で3分割 |
| 8月 |
山田弾薬庫跡地計画委員会発足(委員長 二村正巳) |
| 11月 |
山田弾薬庫利用計画提出 |
| 1982年(S57) |
9月 |
国、跡地の暫定使用承認 |
| 12月 |
山田弾薬庫跡地一部管理委託についての契約締結 |
| 1983年(S58) |
3月 |
北九州やまだ子供広場を開園 |
| 1984年(S59) |
10月 |
山田弾薬庫跡地計画委員会再開(委員長 長米津三郎) |
| 1985年(S60) |
8月 |
山田緑地利用計画提出 |
| 1986年(S61) |
10月 |
山田弾薬庫跡地の分割購入についての要望書提出 |
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北九州都市計画公園の変更告示(広域公園、山田緑地) |
| 12月 |
山田緑地一部用地についての売買契約の調印式、市への払い下げ開始 |
| 1987年(S62) |
1月 |
山田緑地整備工事起工 |
| 3月 |
防衛庁の利用区域、大蔵省より防衛庁へ所管変え |
| 1990年(H2) |
2月 |
山田緑地利用検討委員会発足(委員長 小野勇一) |
| 3月 |
緑地内調整ダム完成 |
| 7月 |
緑地入口に多目的広場完成 |
| 12月 |
払い下げ費用納入完了 |
| 1995年(H7) |
5月27日 |
開園 (財)北九州市都市整備公社管理 |
| 2006年(H18) |
4月 |
都市整備公社・里山を考える会共同事業体が指定管理者として市から管理を受託 |
| 2009年(H21) |
4月 |
北九州東部緑地管理(株)・NPO法人里山を考える会共同事業体が指定管理者として市から管理を受託
ドネーション制度を導入しました |